3分間偉人伝
第15回:「片倉景綱」

- 家老
- 殿は伊達政宗は知っておりますな?
- 殿
- もちろん!戦国大名の中でも僕が1番好きな武将だよ!
- 家老
- そうなんですね!じゃあ本日の家庭教師のこともきっとご存知ですな。
- 殿
- それはどうだろう。確かに戦国武将の中では1番だけど、伊達の中では6番目だからね。
- 家老
- 伊達の中?
- 殿
- 1位がクルム伊達公子、2位が伊達直人、3位が伊達みきお、4位が伊達臣人、5位がダイエットカウンセラーの伊達友美、それで6位が伊達政宗だよ。
- 家老
- つまり、大して好きでもないってことですね…。では、伊達政宗の右腕と呼ばれた男・片倉景綱もご存じない?
- 殿
- カタクラ・カゲツナ?どこかで聞いたことがあるような…。
- 家老
- 伊達政宗好きなら聞いたことがあって当然ですよ!
- 殿
- いや、ちょっと違うんだよなぁ…僕が知ってるのはその人じゃなくて、その人と似た名前の人…あ!思い出した!前に僕が描いた料理マンガの主人公、何にでも片栗粉をかけてとろみを出しちゃう料理人、カタクリ・カケオだ!
- 家老
- すいません、片倉さん。うちの殿は片倉さんほど立派な方のことを、不勉強ゆえ全く存じ上げないようで。
- 片倉
- いいんですよ。どうもはじめまして、伊達政宗の家臣、片倉景綱です。
- 家老
- 殿、片倉さんがいかにすごい方か、よく聞いて下さい!
家老によるカンタン歴史講座
片倉景綱さんの一生
1557年、景綱さんは伊達輝宗(だててるむね)の家臣・片倉景重の次男として誕生。幼少の頃、両親をなくし、20歳ほど年の離れた姉の喜多さんから教育を受けて育ちます。その後、親戚の藤田家に養子として預けられましたが、その藤田家に男子が誕生。景綱さんは再び喜多さんの元に戻ります。姉の喜多さんは文武両道に通じ、景綱さんに兵書の教えを叩き込んだと言われております。
1567年、主君の伊達輝宗に嫡子の政宗が産まれると、喜多さんが政宗の「乳母」を拝命。 一方、景綱さんは天正年間初め頃に伊達家の領内、米沢城下で大火事が起こった際、他の家臣が火の粉を恐れて逃げ惑う中、果敢に消火活動に当たった功績が認められ、徒小姓として輝宗に仕えることとなります。その後、景綱さんは遠藤基信の推挙によって政宗の近侍となり、政宗が伊達家の家督を継ぐと軍師として重用されます。
政宗が奥州の覇権を他大名と争った人取橋の戦い(1585年)や郡山合戦(1588年)、摺上原(すりあげはら)の戦い(1589年)はもちろん、政宗が豊臣秀吉の傘下に入り、豊臣軍の一員として参加した小田原征伐(1590年)、文禄・慶長の役(1592~98年)、そして秀吉の死後、徳川家康方で参戦した関ヶ原の戦い(1600年)などなど、景綱さんは政宗の主要な戦いの大半に参加。いずれの戦いでも武功を挙げ、伊達氏の危難を救いました。また、景綱さんは伊達氏の対外交渉における取次を担当。伊達政宗の発給した外交文書の多くには景綱の副状が添えられています。
最後まで豊臣秀吉に臣従することに抵抗を示していた主君・政宗を説得し、小田原征伐への参陣を決意させ、伊達氏が奥州の大大名として生き残る道筋を付けるなど、政宗および伊達家に多大な貢献をし、政宗の右腕と称された景綱さんの能力は、秀吉や家康からも高く買われており、秀吉からは5万石という領地を持つ家臣として、家康からは屋敷つきの大名として招聘を受けますが、いずれも拒否して、生涯にわたって政宗に仕え続けました。
関ヶ原の戦いが終わった1602年、主君・政宗が仙台藩主になると一国一城令が敷かれる中、特例として残された白石城1万3000石の城主を拝命。
その後、体を壊し病床に伏してしまったため、1614年の大坂の陣には参戦できず、嫡子の重長を政宗に従わせます。そして翌年、伊達家の行く末を案じながら59歳でこの世を去りました。
豆知識
◎景綱さんは、周囲からは「智の片倉景綱」と言われ「武の伊達成実」、「吏の鬼庭綱元」と並んで伊達三傑と呼ばれていたそうです。
◎右目の視力を失った伊達政宗は幼少期無口で暗い性格でした。そこで景綱さんは政宗の眼球を短刀で抉り出し、政宗を快活な少年に変貌させたといわれています。
◎景綱さんは妻が懐妊した際、政宗に子がいないことを憚り実子を殺害しようとされています。幸いにも政宗の説得により留まったようです。
- 家老
- 殿!私が殿に学んでいただきたいのは、片倉さんの私心を捨てて誰かの為に尽くす忠誠心です。殿に最も欠けているものですよね?
- 殿
- 確かに、僕は超利己的だよ。でも、それのどこがいけないの?
- 片倉
- いざという時、自分のためにのみ戦う人間より、他の誰かの為に戦う人間の方が強いのですよ。
- 家老
- さすが片倉さん!おっしゃることが深い!
- 殿
- うーん、でもなー、自分より大事に思える他人なんていないなー。
- 家老
- かー!なんと愚かしい!
- 片倉
- ははは。うちの殿もそうでした。それでいいんですよ。自分のことがそこまで好きなら、「将来の自分」のために努力すればいいのです。
- 家老
- なるほど!さすが片倉さん!
- 殿
- うーん、でもなー、僕、将来の自分より今の自分のほうが好きなんだよなー。
- 家老
- じゃあもう勝手にしなさい!
- 片倉
- じゃあもう勝手にしなさい!!

